偽情報時代における報道の5つの心得

国際ファクトチェックデー特集
 

 偽情報を拡散させようとする人は、いずれプロのメディアにまで届くことを狙って、うわさや捏造されたコンテンツを匿名のオンライン空間に流します。ジャーナリストはどのようにして彼らの情報操作から身を守ればいいのでしょうか。

 

 

解説
 ここでは、デジタル時代のジャーナリズムを支援する目的で設立された国際団体「ファーストドラフト」(First Draft)のクレア・ウォードル(Claire Wardle)氏が昨年(2018年)末に発表した論考 ”5 Lessons for Reporting in an Age of Disinformation” を訳出して紹介します。ウォードル氏は「誤情報の7類型」などジャーナリズムに影響を与える論考を出したことのある、最も著名な誤情報問題の専門家の一人です。
 ウォードル氏は、メディアがデジタル時代のジャーナリズムに適応できていないことに警鐘を鳴らしており、「偽情報に備えたジャーナリストの訓練」「偽情報が取り上げるテーマの解説報道の必要性」「報道する際の見出しの留意点」など5つの提言をしています。特にメディア関係者やジャーナリストに読んでいただきたいものです。

偽情報時代における報道の5つの心得

5 Lessons for Reporting in an Age of Disinformation

2018年12月27日(ファーストドラフト クレア・ウォードル)

 
 情報の無秩序問題(informaton disorder)に関する情報、報告、議論は数えきれないほどあるが、世界の報道業界は依然として、公共の言論空間を破壊しようとする者の効果的で危険な戦術に対して、おそろしく無防備のままである。
 多くのジャーナリストがこの現象について書くときも、どこか一歩ひいている。今日、主要メディアに忍び寄る意図的な虚偽や仕込まれた陰謀論に報道機関が対抗していくためには、新たなスキルや手順、規範、倫理が必要なのに、そのことを深く考えようとしないのだ。
 
 ここ数年のファーストドラフトの調査から分かった最も重要なことは、多くの偽情報の拡散者は、既存の主要メディアに取り上げられることを最終的な目標としていることである。彼らの狙いは、ミスリーディングまたは捏造されたコンテンツで情報の生態系を汚染し、ネットを情報収集によく使うジャーナリストがそうしたガセネタを掴んでくれることを期待しているのだ。彼らの意図的な虚偽情報や捏造されたうわさが影響力のある主要メディアによって注目され、拡散したならば、大きな勝利とされる。たとえメディアが虚偽を暴くことを目的として取り上げたとしても、である。報道されたに等しいからだ。
 2017年5月のフランス選挙直前に投下された「マクロンリーク」の経緯を調べたブロデリック(Ryan Broderick)氏のレポートによると、当時話題となっていたマクロンの金融関係の問題についてメディアがファクトチェックを始めた時、4chan[訳注:英語圏の画像掲示板サイト]のユーザーらは虚偽を暴くことも「一種の後押し」と豪語して祝い始めたのである。私たちは昨年[訳注:2017年]、世界各地でこのような戦術が使われていることを目の当たりにした。利用されるプラットフォームは違っていても、やり口は同じだった。
 
 私はここで「拡散のトランペット」モデルを紹介したい[訳注:上記の図]。これは、ベッカー(Ben Decker)氏が作成した「プラットフォーム移行」の図とフィリップ氏(Whitney Phillips)氏の素晴らしいレポート「拡散への酸素供給」を参照して、偽情報が報道機関で取り上げられるまでの道のりを簡略化した図式だ。
 多くの場合、偽情報は匿名のウェブ(4chanやDiscord[訳注:チャットツール]など)から、閉鎖/半閉鎖型のグループ(ツイッターのダイレクトメッセージやフェイスブック、ワッツアップ(WhatsApp)など)、陰謀論を唱えるReddit[訳注:アメリカのソーシャルニュースサイト]やユーチューブのコミュニティーを介してオープンなソーシャルメディア(ツイッター、フェイスブック、インスタグラムなど)へ出現する。
 この段階までくると、残念ながら多くの場合、プロのメディアにも伝播する。間違った情報やコンテンツが十分な検証を介さずに記事などに含まれてしまったケースだけでなく、虚偽を暴く報道や陰謀論の出所を解明しようとしたケースもあるだろう。いずれにしろ、偽情報の拡散者が勝ったことになるのだ。どのような形であれ拡散こそが、彼らの元からの狙いなのだから。
 
 意図的な虚偽を暴いたり解明したりする努力は極めて重要だし、ほぼ常に公共の利益にもなるが、慎重に行わなければならない。全てのジャーナリストと編集者ー特に、誤情報を「特ダネ」として扱っているメディアーは、うわさを権威づけ、本来収束していたはずの範囲より拡散してしまうことのリスクを理解すべきである。
 
 現在、ほとんどの報道機関はソーシャルメディア専門チームを設けてタレコミや証拠、目撃情報などを探している。しかし問題は、それらのチームすべてがネットで見つけた投稿や画像、動画の出所を探る訓練を受けているわけではないことである。その情報はどこから来たのか?投稿者の意図は何か?情報の出所を精査することをたたき込まれていないと、細かな事実を見落としてしまう。
 例えば、その情報はDiscordに2週間前に出現したとか、4chanで作られたとある主張のキャンペーンの一部だったとか、ワッツアップグループの戦略の一部であるとか、ユーチューブの陰謀論コミュニティーによる主張であるといったことを突き止めないままに取り上げてしまうのである。
 
 報道機関の業界は信じられないほど脆弱である。世界には何千というジャーナリストがおり、多くは毎日ソーシャルネットワークをチェックしつつ、投稿も行っている。あるジャーナリストに虚偽や捏造されたコンテンツを投稿してもらったとしよう。すると、またたくまにもっと大きなコミュニティに拡散するだろう(多くの報道機関は同じ基準をもつジャーナリストやメディアに対してはチェック済みのコンテンツだと推測するので、それが事実かどうかの確認は行わない)。
 こうしたことが、メディアの資金や人員が徐々に削られ、クリック数競争が激しくなっている中で起きつつあるのだ。デジタル情報の出所を分析するため必要な訓練が行われていなければ、ジャーナリストにガセネタをつかませることはこれまでになく簡単になる。
 
 もう一つの方法もより簡単になってきている。あなたが偽情報の拡散者だとして、もしジャーナリストにうまく信じてもらえなかったとしても、彼らに虚偽を暴いてもらえるように試してみるとよい。相手にされないより、虚偽を暴かれる方がまだましだ。それによって虚偽情報に ”酸素”が与えられるからだ。”酸素”が与えられると、あなたが巧みに作り上げたキーワードを検索し、あなたが広げたネットワークが人々に見つかりやすくなり、あなたの言説や思想・信条を後押しすることとなる。読者どうしがネットワークでつながると、検索という行為だけで新たな何千という読者にあなたの世界が開かれることになるのだ。
 
 偽情報の時代のジャーナリズムは本当に難しい。だが、私は報道機関の業界がこのような新たな環境から生じた難題とまともに向き合い始めているとは思えない。そこで、報道機関が議論を始めることを願い、以下に5つの心得を記しておくこととする。
 

(1)準備:偽情報の戦術や技術に備えてジャーナリストを訓練せよ

 来年[訳注:2019年]は、ジャーナリストの研修内容にデジタル情報の検証スキルを必ず含めるべきである。ただし、真実かどうかを評価することにだけ集中するのではなく、コンテンツの出所を自分でたどれるようなスキルも忘れてはいけない。同様に、ジャーナリストがこれらの作業を安全にできる方法も教えておくべきだ。
 彼らはオンラインの匿名空間で作業をする訓練を受けたことがあるか?VPNの使用やプライバシー設定など、デジタルセキュリティーに関して高いレベルの知識をもっているか?会社には、オンラインの閉鎖的ないし匿名の空間を情報源とすることに対して倫理規定を作っているか?そして、偽情報にさらなる”酸素”を与えないよう、責任感を持とう。
 ファーストドラフトは2019年春に、これらの情報や研修を盛り込んで、今ある検証(ベリフィケーション)のカリキュラムを発展させる予定だ。
 

(2)責任:偽情報にさらなる”酸素”を与えるなかれ

 これまでの研究によれば、偽情報に関する報道には一つのターニングポイントがある。報道が早すぎると、放っておけば消えていったかもしれない偽情報やうわさに不必要な”酸素”を与えてしまう。逆に、報道が遅すぎると、偽情報が定着し、止めるすべがなくなってしまう(ゾンビ的うわさと化し、どうしたって死ななくなるのだ)。
 
 ターニングポイントは一つではない。国によって異なるが、あるコンテンツが小さなコミュニティーを抜け出し高速で他のプラットフォームに広がっていく時もその一つだ。偽情報の監視に時間を費やせば費やすほど、そのターニングポイントが明確になってくることも、報道機関が偽情報に対して真剣に取り組むべき理由である。また、報道するかどうかの判断を比較できるようにするため、報道機関の間でインフォーマルな協力体制をつくるのにも必要だ。
 報道機関はしばしば、他のメディアの”スクープ”を恐れ、まさに偽情報の拡散者が望んだ通りに、うわさや主張を報道してしまう。8月[訳注:2018年]にQサインのTシャツを着た人たちがトランプ支持者の集会に現れてきた時に、あらゆる報道機関がQアノンについて解説したことは、まさにQコミュニティが望んでいたことだ。
 

(3)注意:読者どうしのネットワークの重要性を理解せよ

 これは先ほどのポイントの続きである。虚偽を暴いたり陰謀論やうわさ、嘘を解説したりすることは、それをいくぶん権威づけてしまうだけでなく、読者たちが情報を得たいと思った時の検索キーワードを増やすことになるのだ。ばらばらの小さいコミュニティーでも、オンライン空間では目立つことができる。ネット時代以前は実際に会うことが難しかったために、ばらばらのコミュニティーが他と繋がることは容易でなかったが、今は広がりやすい。(検索キーワードがいかに実社会を形作っていくかに関しては、トリポディ(Francesca Tripodi)氏の素晴らしいレポート「オルタナティブファクトの検索」(Searching for Aliternative Facts)を参照のこと。)
 

(4)説明:急ぐなかれ

 多くの人々がTwitterやFacebookの投稿、Googleの見出しやプッシュ通知だけでニュースを手に入れるようになり、見出しの言葉選びの責任は今までになく重くなっている。たとえ850語の記事の本文に虚偽を暴くための全てのコンテキストや説明が含まれていたとしても、80字の見出しがミスリーディングだと意味がない。学術的研究は、単に嘘を見出しで繰り返すことだけでも大きな問題となることを示している。
 たしかに、見出しを別の言葉で書き直すことは難しい。ファーストドラフトもこの問題にしばしば直面するが、それでも私たちはより抜け目なく慎重に、見出しや投稿の言葉選びをしなくてはならない。
 

(5)予防:偽情報が頻繁にテーマにする社会問題に関する解説報道をもっと多く

 誤情報が現れた時に反応するより、よく出現する影響力のある言説にあらかじめ対抗しておくことの方が、偽情報の予防になりうる。
 ブラジル大統領選と米国の中間選挙で目立っていた情報を分析したところ、最もよく出現した話題は次のようなものだった。選挙システムの正当性を覆そうとするもの、女性嫌悪・反ユダヤ主義・ムスリム差別・同性愛などをめぐって憎悪と分断の種をまこうとするもの、移民を諸悪の根源と見なそうとするもの、国際的な権力ネットワークに関する陰謀論など。
 
 偽情報時代を迎え、報道は困難に直面している。最良の見出しの書き方に関する学術研究はまだなく、私たちは確実な結論にまだ達していない。報道機関は研修のための資金捻出に苦労している。デジタル時代が到来する前に報道技術を得たほとんどのベテラン編集者は、ジャーナリストたちが毎日どんなリスクに向かい合っているのか理解すらしていないだろう。
 しかし、日々、世界の報道機関が下している決断は、偽情報の広がり方に影響を与えている。プロのメディアは情報生態系の非常に重要な要素であるが、現在は脆弱なために嘘やミスリーディングな情報の拡散に利用されている。
 
 偽情報に反撃する具体的な行動を議論するために、例えば新たな研修を始めるとか、新たな基準や倫理を設けるとか、あるいは単に編集会議で偽情報に関する報道の読者への影響を議論するとかだけでもいい。2019年が報道機関にとってそういった行動をとる年となることを、私は願っている。
 
(元記事の出所:5 Lessons for Reporting in an Age of Disinformation (First Draft, 2018/12/27)